機動戦士ガンダムseed 

ガンダムSEED.bmp

物語

コズミック・イラ70年に血のバレンタインの悲劇によって引き起こされた、ナチュラルを代表する地球連合軍 (O.M.N.I.Enforcer)とコーディネイターを代表するザフト軍(Z.A.F.T.)による戦争を舞台に、そこで苦しみや悲しみを経験しながら戦う主人公らの姿を描いていく。


この作品中で言われる「ナチュラル」とは、コーディネイターに対して遺伝子操作をしていない極普通の人間という意味であり、コーディネイターとは遺伝子操作により優れた頭脳・肉体を持たされて生まれてきた人間のことである。この頭脳・肉体の違いによって社会競争上不利を強いられかねないナチュラルはコーディネイターを脅威視せざるを得ず、次第に両者の軋轢は強まっていく。



やがてコーディネイターのみからなるスペースコロニー国家「プラント」は、ナチュラルの国家群からなる国際機関「地球連合」に対し独立を宣言する。そして戦争は始まり、その最初の戦いで地球側の一部急進派将校が独断で核ミサイルの引き金を引いてしまったのが、後に「血のバレンタイン」と呼ばれることになる悲劇である。

主人公キラ・ヤマトは、ザフトにも地球連合にも属さない中立コロニーで、極秘に地球軍が開発した新兵器をザフトが奪取しようとしている現場に居合わせたことから、数奇な運命に巻き込まれていくことになる。

機動戦士ガンダムSEED

作品解説

福田己津央監督が公式ホームページのインタビューにおいて2004年9月25日付で語るところによれば、「SEED」のシリーズ第1作は、
「キラとアスランを主人公に据えて「非戦」というテーマを描いた」
とのことである。

また同年12月10日、同インタビューで、2作目「DESTINY」についてエグゼクティブプロデューサー竹田青磁もまたやはり、
「前作から引き続き非戦ということを訴え続けるつもりである」
と述べている。加えて竹田プロデューサーは、「再選を果たしたブッシュ大統領がファルージャでの掃討作戦を展開し、ますます混迷を深めるイラク情勢」についても述べ、『ガンダムSEED DESTINY』を観ることで「視聴者が」「世界情勢を少しでも自分の身にひきつけて考えてもらえるようになれば」とも語っている。
 決定的な言葉を慎重に避けてはいるものの、二人ともこのアニメ番組を使ってイラク戦争批判、アメリカ批判を訴え、ひいては反戦を訴えて、それに賛同する視聴者たちの声を望んでいたと考えて差し支えないだろう。(参:交響詩篇エウレカセブン」)
 ちなみに両名とも「非戦」という言葉を使っているが、日本の「非戦」という言葉は明治時代以降、社会主義運動家によって使われ始めた造語である

機動戦士ガンダムseed

放送前の評価

初回放送時の視聴率は最低が4.6%、平均が6.2%、最高が8.0%で同時間帯のアニメーションとしては比較的高く、プラモデルやオンエア後にリリースされたセルDVDを始めとする関連グッズ販売や、同時期にメディアミックスで展開された『機動戦士ガンダムSEED ASTRAY』やSEED MSVも人気を博した。プラモデル(ガンプラ)もファーストガンダム以降の作品の中では非常に健闘した。このため、スポンサーの多くは商業的に概ね成功をおさめ、1年の間をおいて早くも続編が制作されることとなる。また人気のバロメーターの一つであるネット上のファンサイト、関連する同人誌も多数作られるなど、同時期に制作地上波放送されたアニメと比べ相対的にではあるが、人気を集めたのは間違いなく、全体的な評価は良好である。  本作は「新世紀のファーストガンダム」と銘打たれ、ファンの間でさまざまな議論を巻き起こした。特にタイトルに「機動戦士」が付いた事についてはガンダムファンの間で複雑なものであった。「機動戦士」という言葉はファーストガンダムから続く「宇宙世紀」を舞台としたシリーズのみに用いられており、wガンダムなど設定、背景の異なる「アナザーガンダム」には「新機動戦記」など別の言葉が使われ、一応の「宇宙世紀のガンダム」と「アナザーガンダム」の線引きが行われていたからだ。


放送後の評価

この作品は、『∀ガンダム』以来2年ぶり、富野由悠季監督ではない作品としては4年ぶりのTVシリーズであり、制作発表からオンエア前の時期で、既にファンや関心を持つ人々の間で白熱した議論が展開されていた。また、ブロードバンドが本格普及してから初めてのガンダム作品でもあり、この事が「熱く議論できる場」を手軽かつ大量に提供していたことも事態の背景にある。

機動戦士ガンダムseed

機動戦士ガンダムseed における賛否両論

機動戦士ガンダムseed支持派による、「激しい議論の応酬があったのは、ほぼ以前からのガンダムファンの間によるもの」という主張を時折眼にすることがある。確かに 非「宇宙世紀」を劇中舞台とする『機動武闘伝Gガンダム』『新機動戦記ガンダムW』『機動新世紀ガンダムX』などでも、それらがスタートする度に反発や議論が起きてはいた。とりわけ、『Gガンダム』『∀ガンダム』は、末端視聴者のみならず、当時ホビージャパンと双璧をなす“ガンプラ誌”であった『モデルグラフィックス』(大日本絵画/アートボックス刊)までもが、アンチ派のオピニオンリーダーとして否定的論陣を張っていたものである(大塚ギチ氏など)。が、それは「現象」と呼びうるほどのアンチ『ガンダムSEED』のケースとは比べものにならない小さな規模で終息に向かっている。

そもそも、1960年代後半以降生まれの日本の男性の多くはどこかでガンダムを観て育ったといってよいほどの“ガンダムチルドレン”世代なのであるから、議論の内容・立論を具体的に取り上げずに、ただ“旧作を信奉する旧来からのファンだから全て妄言”と斬って捨てるような論法は成立するはずがない。
   

放送開始後も、SEEDへの賛否両論は続出した(しかし『∀ガンダム』にあれほど不快感を示した『モデルグラフィックス』は、ガンダムSEEDには批判めいたことは言っていない)。

戦闘シーンが単純で使い回しが多すぎ、また従来のシリーズに比べ少なすぎる
物語の各所に歴代ガンダム作品を思わせる場面が多い
既存の科学技術を安易に組み合わせたような、薄っぺらく科学的に無理な設定が多い
放送の最中に、設定がコロコロ変わったり、登場人物の行動の辻褄が合わない点が見られる
脚本が従来のシリーズと比較して稚拙である
登場モビルスーツのデザインが大艦巨砲主義的で幼稚である
ガンダムと名が付く機体が多い為、ガンダムの希少価値を低下させている
キャラクターデザインが粗末である
演出上の残酷な描写(人間が膨張して破裂するなど)や性的なシーンなどが多すぎる
女性のファン層を狙いすぎている
以上のような批判に対し、本作を受け入れるファンは

批判の多くは以前のガンダムシリーズに対しても言われていた
個人の趣味の問題や女性のファン層を狙いすぎていることへの嫌悪感を作品の問題としてすり替えている
描写や表現にフィルターをかけずにできるだけありのままに描写している結果である
オタクには安易にとられがちな設定やネーミングも、専門知識のない人には十分面白いと思われることがあり、小中学生には受けがよい。
総集編や回想シーンが多いことも、毎週見ることができない視聴者にとっては、むしろ都合がよい。
芸能人をキャストへの起用も、声優に興味のない人間を作品に呼び込む原動力になる。
ガンダムに多くのファンがいるとはいえ、未開拓の顧客層がそれ以上にあることは事実であり、それを考えた場合、このような戦略は正しいといえる。
批判が多いというのも番組を見ている人が多いということであり、スポンサーサイドからすれば、大きな問題ではない。
今までのファンに配慮した製作者側が暗に「タブー」としていたファーストガンダムの要素を高く取り入れた効果が大きいといわれる。
これらは、「ファーストガンダム」を再評価し、その古くならない要素を取り入れていくことが非常に有効であったという証拠でもある。

などと反論。だがさらに、

批判されていたガンダムシリーズは過去数作あるが「ガンダムSEED」ほど激しい批判にさらされたものは無いのではないか。
単に「嫌悪感を作品の問題としてすり替えている」のではない理詰めの批判も数多くあり、また電通がマーケティングを担当して制作され、同じく女性を狙った美少年戦略をとった『ガンダムW』は、作品や登場人物に対し男性視聴者からも非常に高い人気と評価を得ている
「描写や表現にフィルターをかけずにできるだけありのままに描写している」というのは事実に反する

(冒頭の引用で明らかなように、竹田、福田両氏は明らかに一定のベクトルの「思想」「主義主張」に沿ってこの作品を作っている)

「オタクには安易にとられがちな設定やネーミングも、専門知識のない人には十分面白いと思われることがあり、小中学生には受けがよい」という例がレアケースでなく本作品独自の傾向として顕著という統計的裏付けはない。
総集編や回想シーンで一部の視聴者が助かるというのはあくまで結果論に過ぎず、スタッフがブログで脚本家を非難した事実もある。
ビビアンや西川のおかげでセルDVDをそろえたり、ガンプラ作りに熱中しだした人が果たしてどこまでいるのか?
未開拓顧客層開拓のための要素が批判の核心となっているのではない。eire
「初代ガンダム、ファーストガンダムの要素を高く取り入れ」ることを「製作者側が暗に『タブー』としていた」などという事実は無く、「W」にも「X」にも、「G」にすら「ファースト」のガジェットは既に取り入れられている。
当初、旧来のくびきを敢えて捨て去り新しい要素を盛り込んだのが成功の要因と主張していた人の中には、終了後は一転して「『ファーストガンダム』を再評価し、その古くならない要素を取り入れていくことが非常に有効であった」と主張し出す者もいたが、これは支離滅裂であり、意見の体をなしていない。
(※ザク、グフ、ドムの登場などは、かつてウルトラマンタロウに、人気てこ入れ策として、「ウルトラ兄弟」とネーミングされた過去のウルトラマン作品のウルトラマンらを登場させたのと同様の目的、サービス手法といえる)

という反論もなされた。

このように、本作品には実に多くの(インターネットの普及を考慮したとしても)賛否両論の意見が提出された。これには、ガンダムというブランドが持つ特異性も関係していると思われる(実際、本作品がガンダムという名前を関していなければ、ここまで大きな論議は巻き起こらなかっただろうという意見は、支持派、批判派の双方に見られる)。いずれにせよ放送終了からまだ間もない現時点では論議の決着など望むべくもない。本作品の評価が定まるには、まだ時間がかかるものと思われる。

 作品が面白いかどうかは人それぞれである、といったような麻薬論的評価基準もあろうが、それは作品評論そのものの放棄となってしまうわけで、今後も様々な意見がぶつかりあうのはむしろ建設的と思われる。

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